日本将棋連盟モバイル「△6七同とで先手玉は必至。さあ、ここで先手玉が詰むかどうかだ。」

日本将棋連盟モバイル「藤井は巧みな手順で詰めろを解除した。」
日本将棋連盟モバイル
https://www.shogi.or.jp/lp/mr201704/?mi=side_rotate
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919:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:47:42.88 ID:WO/YI8qJ0.net
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必至(必至とは言ってない)
藤井君、恐ろしい子・・・
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924:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:48:13.95 ID:nTKIugZq0.net
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必至じゃなかったワロタ
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942:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:49:32.43 ID:CUSJSmZL0.net
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金もと金も外せそうもないし、必敗だと思うよなぁ。
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944:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:49:55.76 ID:nTKIugZq0.net
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連盟さ、必至とか言っといて何をしれっと、詰めろを解除したに変えてんだよ
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975:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:51:50.64 ID:CUSJSmZL0.net
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実際必至だったのに澤田がビビって自ら必至解除したんでしょ。
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933:名無し名人 :2017/06/02(金) 20:49:09.74 ID:5ALc2Xh+0.net
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必至の定義を変えた男www
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150:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:09:25.35 ID:pH949UG/0.net
必至 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%85%E8%87%B3
|「詰めろ」や「必至」は終盤戦の重要な概念とされる。
|必至をかけられた側は、相手の玉を詰ませない限り負けとなるので、
|王手の連続で詰ませにいくか、その場で投了するかのどちらかを選択する。
(ここからが藤井くんが見せた技)
|ただし例外として、相手玉に王手をかけつつ、同時に自玉を防ぎ、
|必至を解除する手が成立する場合がある。
|このような局面を「部分的な必至」ということがある。
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「部分的な必至」、この表現を今日覚えておきましょう
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155:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:10:05.23 ID:nTKIugZq0.net
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>>150
それ詰めろで良くね
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251:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:22:54.73 ID:pH949UG/0.net
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>>155
理論的には詰めろの一種だけど、
実際的には連続王手による解除が可能かどうかチェックするのが、
大変すぎたり不可能に近い場合もあるので、
「必至」と表現した方がそれが掛かった玉の状況を伝えやすい。
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177:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:12:59.94 ID:nu4a0K6P0.net
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>>150
部分的な必至って必至の定義を無視しすぎw必至ではなく詰めろなだけやん
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157:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:10:43.77 ID:2G6bOIjB0.net
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>>150
そんな冗長な言葉定着してないと思うぞ
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176:名無し :2017/06/02(金) 21:12:59.07 ID:ijvGg+Pia.net
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>>157
解説聞いてるとたまに言ってるイメージだぞ
自分の対局ではそこまで難解な手はさせないけど
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192:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:15:38.16 ID:nu4a0K6P0.net
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>>176
詰めろの親戚とかほぼ必至とか解説者が読み切れてないから感覚で表現してるだけだよそれ
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180:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:13:12.58 ID:T82fNvMI0.net
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>>157
厳密には必至ではないが、
「相手から詰めろを崩させる手を指させない限り詰み確定」という状況で使う物らしい。
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234:名無し名人 :2017/06/02(金) 21:20:41.57 ID:f6fWs5pV0.net
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>>157
定着も何も
完全な必至のときだけを「必至」と言うことはほとんどない。
ほとんどはパッと見必至だろうと感覚で「必至」言葉を発している。
後から考えてみると必至じゃなかったということは多々ある。
なのでその辺を明示的にする言葉として「部分的な必至」がある。
「部分的な必至」のニュアンスはこれは上手い攻防手がありそうだなぁ……
具体的にはわからないけど考えてみるか。
となる。
「部分的な必至」でない「必至」であることを名言するには
単に「必至」という単語は普通は使わない。
上に挙げたように「完全必至」とか最近のコンピュータ的に言うなら「mate」とか
そういう修飾語を冠して「必至」という単語を使う。
http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/bgame/1496401368/
http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/bgame/1496404182/
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部分的には受けが聞かないとか
でも、まだ必ず死ぬというわけではなく、「条件付きで死なない」ということかね。
いずれにせよ俺なら諦めます。
全部読めてるわけじゃないんだからカリカリするなよw
極めて逃れにくい「詰めろ」だっただけじゃないの
何が部分的だよ
中継なんだから、間違っててもそのとき思った通りに書いてくれれば良いと思うよ
110手の時点では皆必至だと思った
でも、藤井くんは連続王手で解除した
→藤井くんすげーー
がちゃんと伝わる
俺も正式な定義なんて知らなかったけど、ニコ動の羽生萌え場面集で羽生がそういう使い方してるのを見て、ああ、そういう表現するのね、と思った覚えがあるぞ。
昔の文章読むと必至のがれの必至とか書いてあってわけわからん
部分的に必至=普通の受けは利かない状態くらいの意味で棋士も解説で時々言うよ
まぁそもそも棋士だってすべての将棋用語の意味を完璧に把握してないし、通じればそれでいい位に思ってる棋士も多い
※15の言う通りで、複雑な曲面で明確に必至かどうかなんてそれこそソフトクラスの棋力がないと判断出来ない
棋譜コメも言い切ってしまったのは良くなかったのかもしれないけど直感的にはほとんど必至だし、分かりやすく戦況を伝えるためにああいう表現をしたのは咎められるような事じゃないと思うよ
必至の練習問題だって盤面全体を想定して作ってることが少ないから、
部分的な必至・受けなしって局面を表現するのに間違っては居ないだろう
ってところか。
要するにほぼ必至だな。
解除の定義も問題になる気が…
特に遠山が言うと反論したくなる
必至を解除した、させた、っていうのも
対局中の雰囲気が出て良いと思う。
そうなんだよ、それだけで何かが起きた感があって「すげえ」ってなるもんね。
ギリギリの読み合いをする対局者に酷なこともある。
わかる(笑)
解説者だって「これだと詰んでるっぽいですが…」みたいなことよく言うしな。
それがすぐにわからないから「詰むや詰まざるや」っていう言葉が出て来てみんな盛り上がるんだろ。
曖昧な部分はあれど俺的には必至(*´∀`*)
澤田先生が正確に逃げていれば、
後手玉詰まず先手玉詰めろ解除出来ずに後手勝ちなの?
応手を間違えた結果必至が解かれただけなら6七との時点で必至なのは正しいと思うけど
わからんから面白いんやないか
(*゜▽゜ノノ゛☆パチパチ ~(=^ω^ノノ゙☆パチパチ!!!
それだけのもんが、あの子の中にあるって事じゃ
だよ。解説でも頻繁に出てくるじゃないか。
必至問題みたいに、盤上に自玉が無ければ必至、
程度の意味だろう。
部分的な必至も説明が難しくはある。
1手必至、3手必至問題などでも、自玉の必至だけを考えればいいようなケースは文字通りの必至だが
相手玉に王手をかけながら自玉の詰めろを解除できるかどうかって事をすぐに正しく答えることは難しいので
あいつらがまともな判断下したことあったか?
ということは、、
全体的には必至
じゃないんだから
詰めろでいいでしょ
俺は必至の意味がこれで少し解るようになった。
部分図で見れば必至→部分的に必至。
新参はもう少し静かにするか、もしくは消え失せよ
お堅い頭だこと。
新しい考え方を取り入れないと成長がないぞ。
部分的に必至が理解できないのか
というかわりと好き
もともと後手勝ちと言われていた局面で、必至を解いたのは澤田くんの逃げ間違いが原因だったんだから。
正しく指せていれば(客観的には)後手勝ちだったが、先手の猛追と詰将棋の名手という先入観が錯覚を呼んで間違えさせたということ。
大逆転負けとかするところが、観客的には面白いんだな。
おそらく澤田さんも必至が掛かった時点では勝ちを確信してたハズ
だけど、それ以上に聡太のハッタリと終盤力が凄すぎて圧倒されて、
錯覚し・・・疲労と時間に追われて、思わず、間違えちゃった感じ。
必至逃れの即詰み
そういうこと
これは有名な必至形
しかし盤面全体を見ると厳密には必至ではないかもしれない
なので、全部を読み切るのも大変だし、部分的に必至という
解説者はプロ棋士といえどもライブで解説してるんだから、言葉が正確なわけがない。
解説者が「ほぼ必至」「ほぼ受けなし」という時は、完璧に読み切っているわけではないが自分にはそう見えるってことでしょ。
「ほぼ」という言葉が保険になっている。実際は読み切っていても癖で「ほぼ」使う人もいるが。
そんなこと言う先生いますか?
ちゃんと読みながら見ている人にとっては、非常に受け入れやすい表現だと思うけどね
否定派は、評価値の上げ下げだけを追っている人の様に思える
「部分的な必至」は解説用語として定着してるから今さら文句言ってる奴は何なんだ。
意味合いとしては部分図で見れば必至(もしむは受けなし)だけど盤面全体で見た場合に手順として受けられる可能性もなくはないという感じ
今回のケースはどう見ても必至で詰ますしかないと思いきや相手玉釣りだして意外とほどけそうな可能性が見えたので部分的という意図ではなかったと思うけど
そして今回は読めなかったのも仕方ないレベル
ある程度の難易度の本なら「部分必死(至)」って言葉出てくるぞ。
「こりゃぁ、"ろ"だな」
「"ろ"ですねぇ〜」
控室では普通にある光景
関係なくてすんまそん
「詰めろ逃れの詰めろ」を
「ろろ」ってのも聞いたことがある
「部分図で見れば必至(あるいは受けなし)だが盤面全体で見た場合に攻防手で受けられる可能性がある」
後手玉は受けなしなんで詰ますしかないんですけど詰むかどうか・・・詰まない気がします
しかし駒いっぱい持ってますからね
王手していってどこかで先手の飛車を抜く筋があるかも・・・いやーちょっとわかりません
みたいな状況だったってことでしょ
だから安直に必至と断定すべきではないのだね
詰みを逃れる手順があるなら、厳密には「必至」ではないけど
王手しながら逃れるしかない、
普通の「詰めろ」よりかなり限定された局面という事は分かるし
必至かどうかは、単なる詰めろなのか、つまり受けがあるか、受けなしかを、片玉、その玉だけを見て言うんだよ
あの△67同歩成の局面は、先手玉は受け無しなんだから、単なる詰めろではなく、必至で正しい
ただ必至がかかっていても、対局は双玉問題だから。自玉の詰みを受ける手ではなく、相手玉の王手という絶対の先手は入るわけで
それにより局面が変わって、相手駒を素抜いたり、今回のように王手する駒を取らせたりして、自玉の必至が外れることもあり得る
その玉片方だけの局面を見ると確かに必至、しかし相手玉も含めて双玉で考えると外れる可能性があるから
「部分的な」必至
明解なんだけど
恐らく必至かと思われます って
時間かけて検証すれば必至も詰めろもちゃんと結論付けられるんやろうけど
じゃ今回このモバイルの人は「必至」って書いたんだけど、「部分的な必至」って書かないとダメ?
それとも「必至」でオッケー?
ちょっと違うんじゃね
例えば今回の局面を想定しても、一手で王手金取りが掛かるような配置だった場合(72、75の駒が無くて飛車を持ってるとか)
「部分的な必至」とは言わんでしょ
「部分的な必至」が持つニュアンスは、
その場では読み切れていないという、ライブ感かと
ちょっと違うな。
必至とは双方の玉を見て判断する。
他方の玉だけ見て必至のように見えるけど、双方の玉をみて必至ではない場合を部分的必至という。
どうでもよくない?
そうそう、それが一番わかりやすいわ。
でも相手玉があれば、例えば王手で角を打って、その角で必至の相手駒を取れることもあるわけで。そういう場合は部分的な必至
「本で覚えた必死の形にしたぞ、勝った」と思ってたら王手で要所の駒を抜かれて負けた経験が何度もある。
そんな経験があれば、部分的必至も素直に受け入れられると思う。
必至問題は部分図の出題の方が多くね?
将棋のコメント欄らしくて、なんかいいぞ。
話がまとまることは無さそうだけど(笑)
大平武洋 @oohira0511 16 時間16 時間前
やっと棋譜が見れました。▲76桂馬を△同金と取らせてしまうのが、藤井四段の詰め将棋力かなと思いました。
外野から見ている分には△75玉しかないだろうと思いますが、王手たくさんで、もしかしたら?となるのでしょうね。
「将棋連盟というところは、必至でも、部分的な必至でも、
どっちでもええやないかという団体でございます」
藤井君の信用凄いよなぁ。
もう全盛期ハブレベルだ。
レベルが違う
ストーリー的には澤田さんが形作りしたようにもなっちゃう?
リアルタイムに指し手や観戦者が言うときはふわっとでええんちゃうかね
誰かやってくれ。
相手の読みを信用しすぎて、無難な手を指して逆転される
2009年NHK杯決勝での、羽生さんの94歩みたいなものか
大抵は駒を大量に渡して必至解除することになるから大勢は変わらんだろうけど。
詰みはmateでわかるけど。
ソフトは、長い詰みより短い必至で勝とうとしてくる事がけっこうあって凄い進化したと思うわ
先手の泉が羽生玉に必至かけて、泉玉には詰み無し。
さすがの羽生も投了か、とみんながが思ってたら
羽生が王手ラッシュかけて泉玉釣り出して、自玉の頭に効かせながらの王手の角打ち〜自玉の頭にぺちょんと歩打って必至を解除。
羽生玉に詰めろは掛からず、泉玉は受けなしの形で泉五段呆然。ってやつ。
部分必至なんてめちゃくちゃ言うだろ
つか、寄せの本で勉強したら部分必至って言葉が出てくるのは、ほぼ必死。
2ch 名人低級しかいない
狭義の必至の概念に囚われすぎ
必至になって楽しんでるんだから相手しなければいいんだよ。
必至かどうか(受けがあるかどうか)は片玉で判断できるから
また必死逃れの詰めろ、必死逃れの必死、必死逃れの詰み、必死逃れの一手スキ、二手スキによっても学者のよっても意義見解が異なる。
もう受けは効かない、どう受けても詰まられる。但し、王手掛けて行った先で外せるかどうかはまだ分からん、って意味
相手玉への王手の関係で詰みを逃れられる場合を
必至というかどうかが定義されて無いので
正しいかどうかの判定は現時点では不可能
相手玉が絡むという意味では類似しているが
必至逃れの詰めろとか必至ってのはあり得ないから、やはりそこは違う
詰めろ逃れの詰めろは、自分がかけた詰めろが同時に詰めろ逃れ(受け)にもなってる、ということ
必至は受け無しだから、受けの手はありえない。一手で必至を外すというのはあり得ない。王手をかけて、相手が応対したところを次の手以降で必至を外す
って理解してる人が文句を言っているが、それは誤解
必至定義は外せないかどうかではなくて、受けが有るかどうか
「部分的には必至ですね、ただ完全な必至かどうかはまだ分かりません」、とか
しかしこの完全な必至ってのは、どんな王手ラッシュを掛けても、正しく応対すれば、絶対に外す事のできない必至ってことだから
概念としては単純だけど、これを判定するのは至難だぞ
つまり、通常は必至といえば、部分的な必至のことだと理解しとけば間違いないんだよ
「詰めろ逃れの詰めろ」は、「自玉の詰めろを解除する指し手が、詰めろ逃れ。」
で、なおかつその指し手が、「相手玉に詰めろをかけたら、詰めろ逃れの詰めろ。」
「必至」は、「必ず自玉が(次に)詰みに至るから、必至。」相手を王手して詰ませるしかない。
従って、王手している内に、自玉必死がほどけたら、当然、必至ではなく、詰めろ。
ソフトや双玉は特に考慮不要。不明の場合は、自動的に「詰めろ」。
但し、例外的に、相手が自らの指し手で自玉必死を解いたら、「必死が解けた。」
極端な例だが、自玉必至で、王手したら、相手が自玉の必至のかなめ駒を移動した、ら、
相手の王を取る。
棋譜は、相手の王を取って、終わり。自玉には必至がかかっていて、解けている。
「部分的な必至」は「死亡した生存者」みたいなもので、本来言葉としておかしいが、
NHKでも、「パーソナルコンピューター」と言わずに、「パソコン」が定着しているように、
現実に、使用されているので、解釈に当然巾が出るが、ま、現実ですから。
必至問題は、上記「王手している内に、自玉必死がほどけたら」を考慮していないので、
双玉である必要がないので、片玉となる。
確か、千日手ってかなり前に、中原-米長戦?で、実戦で問題が起きて、
ルール改正された記憶がある。
詰めろや、必至も、昨日の藤井聡太-澤田真吾戦で整理されるといいですね。
たとえ必至でも次の手で必至形崩す手を指すこともできるだけ。
その手でそうする必然性があれば部分的な必至だし、なければ完全な必至。
それは事後的に判定されるものだから解説では普通に必至でいいと思う。
プロというか人の将棋観戦して楽しめるレベルであれば常識として知ってるのかと
>「部分的な必至」は「死亡した生存者」みたいなもので、本来言葉としておかしいが、
なんか台風で大水に流された行方不明者みたいなニュアンスがあるよね。
まれに九死に一生を得て助かってるという。
新参者の幼児語かと思った。
谷川「高速の終盤術」P.210に部分的な必至についての言及があるから見てみ
1) 必至っての定義は、あくまでも詰めろであって受けが無いこと
双玉で王手を絡めて外せるかどうかは必至の定義に入らない
2) つまり必至かどうかは片玉のみを検討して言う
3) 必至であっても実戦の双玉図では王手を絡めて必至を外せる場合もある
これと対比するために、1) や 2) を特に「部分的な必至」という
対して3) は「完全な必至」などということになるが、そのような用語法は確立されていない
4) 通常、必至といえば 1) や 2) の部分的な必至のことを言っている
必至をであっても双玉で外せることがあるのは全く矛盾しない
明らかな必至ではないが、単純に詰めろとするには複雑すぎるってことだよね。
局面によっては解除可能かどうか厳密に調べるのはソフトを数年(もしくはそれ以上)回さないと証明不可能な局面もある中で、厳密に使おうとしたらプロの対局ではほぼ使えない言葉になるやろな
狭い広いの問題じゃないんだな
部分的って言葉は「片玉のみ考慮した場合」って意味なんだよ
例えば谷川さんも著書に書いてるんだから、谷川そんに文句言ってみれば?
「まあ確かに、双玉絡めても外せない必至は、部分的な必至と対比して「完全な必至」と呼ぶとかとか、用語法を確立してほしいよな
「部分的には必至ですね、ただ完全な必至かどうかはまだ分かりません」、とか
しかしこの完全な必至ってのは、どんな王手ラッシュを掛けても、正しく応対すれば、絶対に外す事のできない必至ってことだから
概念としては単純だけど、これを判定するのは至難だぞ」
複雑な実戦でこれを同時進行で判定できるのはソフトくらいで、しかもここまで読み切ってたら逆転不能、つまり評価値 9999 になるよね
つまり王手をかけながら必至を外せるかもしれない。
あと、単に「必至」ってのは「完全必至」っていう意味で、数学的には部分集合の考え方では、「必至」の局面は「部分的な必至」の局面でもある。
「必至」だろうが「部分的な必至」だろうが、相手玉が詰むかもしれないので「負け」とは限らないのは同じ。
先崎さんとかがNHKの解説でよく言っていたと思う
高速の終盤術、210頁
動画とかでも探せばいくらでもあると思うけどね、見つけるの大変だけど
そこまで数学的視点にならずとも
必至=受けが無く相手玉がZ形の場合のみに使用する。
これで充分でしょ。まぎれが無い。
部分的な必至という言葉は国語的にも矛盾してるし
あまり普及して欲しくないな。
「受けがない」。なぜこの解りやすい表現では駄目なのだろうか。
部分的に必至はすでに普及してる言葉だし
昔から見てたら随所で聞きなれた言葉でしょ
受け無しってのは片玉で言ってるんだよ
受け無しでも王手から詰めろを振りほどくことはあるだろ
前提が違う
逆に聞くけど
「部分的な必至」は形容矛盾だって言ってる人
なぜこの表現はおかしいんですか?
具体的に
必至の定義は、絶対に詰めろが解除できないということでは<<ない>>
必至の定義は、「受け」がない、ということ
必至ってのは、詰めろの一種なんだよ
詰めろの中で、受けのない詰めろを必至と呼ぶ
でもどんなに受けがなくても、取り敢えず王手はできるだろ?
もうこれ以上説明のしようがない
岐阜…
じゃなくてギブアップですわ
必至かけた側が最善つくしてれば何の疑問も沸かなかったのにミスったんだから。
難しかろうと簡単で明確だろうと、どんな必至も
詰ます一手を間違ったら必至も何も関係ないんだから。
必至は受けなしという意味
必至には振り解けないという意味はない
必至は振り解けないはずだって勝手に誤解してる奴が文句をいってる
つまり必至といえばもとから部分的な必至のこと
ワカランチンだな
△67同とが必至じゃないなら説明してみろ
>必至には振り解けないという意味はない
なんやこの前後で矛盾した怪文
部分的な必至=自玉だけ見ると必至に見えるけど、相手玉に王手をしながらなら逃れられる状態
で違うの??
コメ見る違う解釈してる人が割と居るみたいだけど
部分的な必至というならわかる
文を読んで頭使って考えようね
>必至の定義は、「受け」がない、ということ
これは初めて聞いたぞ
部分的に必至を肯定するために、わざわざ必至の定義を歪めるのは良くないよ
必至は「詰めろが解除できない状態」
部分的に必至は「自玉周りだけ見ると必至に見える状態(厳密には必至ではない)」でいいでしょ
『どうやっても解除できない詰めろのことは「必死」と呼びます。「必至」とも書きます。』
(将棋連盟:将棋コラム、ttps://www.shogi.or.jp/column/2017/01/post_69.html)
この時点で、厳密には必至ではなかったということになる
片玉で受けが無ければ必至
でも双玉で王手絡めれば必至を外せる場合もある
結果的に双玉で必至を外せたからと言って、片玉で見たときに必至ではなかったことにはならない
それを区別するのなら部分的必至と言うしかない
でも必至ってのはそもそも部分的な必至のことと捉えるほうが分かりやすい
相手玉との関係を見ずに部分図だけ見て必至形なら部分的に必至という
今回のは必至ではなかった
75桂の以前に77角成で詰めろを外せるので
△67同とに対して▲33成銀は自玉の詰めを受けた手じゃないだろ。そりゃそうだ、受けないなんだから
受けがないなんて曖昧な表現で定義するまでもないこと
今回のは必至ではなく部分的に必至というべきだった
「詰めろに対する受けがない」は要するに「詰めろを外せない」でしょう
攻めながら受けを狙う手順なんていくらでもある
これからもこれまでと同様に、必至、部分的に必至と言っていけばよい
よって必至はどうやっても解除できない詰めろのことだ。
部分的に必至って言葉は無い。明らかに誤りだ。
お前らelmoのことをエルモとか言ってるけど、正確にはelastic monkeyを正確に発音すれば、
イラスティック マンキーだ。
よってelmoはイラマが正しい。そう、俺はいつもイラマちゃんと呼んでいる。
そんな言葉は無い!
必至は詰みを逃れられない状態だ。慣例が正しいと信じるのは誤った考え方だ。
それでも後手優勢なんだが・・・
いったい誰がどんなスペックでソフト評価だしてんの?
プロ棋士の解説で「これは必至です」と言っても相手玉に王手がかからない場合を除いて論理的には仮説と言っていい。つまりレトリックとして「部分的な」を省略してる。「部分的な必至」は部分図では必至(完全に受けがない状態)なので相手玉をからめてそれを振りほどく必要がある。飛車で王手をして攻め駒を抜くとか、合い駒が逆王手になるような形にするとか。
日本将棋連盟モバイルの例のように「部分的な必至」を「必至」と言い放つのは、レトリックとして「言葉の経済的な利用」なのでどうということはない。オールドファンとしてはまずは慣習を理解してほしい。
リテラルのままにしか理解できないのは、(偏見で言うのではなく)スペクトラムが自閉症寄りかもしれないね。
必至とは攻め方、守り方が最善を尽くすと詰む状態をいいます。
かりに頭金の一手必至だとして、攻め方がそれに気がつかず、
別な手を指したら、それは必至じゃなかったということ?
先の指し手は関係ありません。
今回の場合は澤田さんが途中で応手を間違ったようなので、
詰みませんでしたが、最善手を指していたら詰んでたようです。
よって必至です。
万一最善手を指していて詰まなかったのであれば、
それは単なる詰めろだったということ。
今回の場合、大した棋力の無い人が安易に必至ということを言ったのが間違いの元。
必至には完全も部分もありません。
あんたらが言ってるような「相手玉にどのように王手して行っても正しく応対すれば絶対に外せないような必至」って判断するのがどれだけ大変か
この対局で言えば後手玉に王手がかからない状態なら簡単だが、そうでない局面で
これを言えるってことは、何をされても必至を外せない、もちろん詰まされもしない、つまり勝ちを完全に読み切るってことなんだぞ
76桂に対して同玉なら先手の詰めろが続いたまま後手玉は助かっていたという主張だけど、76桂とせずとも77角成とすれば詰めろは外れている
33成銀から当該局面まではほぼ後手は避けられようはないし
部分的と明記しなくても、個人的には部分的にということだろうと受け取ったが、新参が多い状況において、部分的にと明記すべきだった
記者の中では本当に必至だと思っていた可能性もあるので仕方なかったのかもしれない
・その詰めろのなかの一部特殊なもの、つまり、受ける手がないものが必至
「先手玉は詰めろですね」と解説して、先手が受けて(守り駒を補充する、敵の攻め駒を取る、逃げ道を開ける、早逃げする)、詰めろが解除されても、「なぜ詰めろなのに受けられたんだ!」とは文句は言えない
なぜなら、詰めろと言っただけで必至とは言ってないから。詰めろのなかでも受けがない特殊な詰めろとは言ってないから
それと同じことで
・詰めろのなかで、受けが無いものを必至という
・その必至のなかで、一部特殊なもの、つまり相手玉に王手を掛けて行くことによる局面の変化により、相手が正しく応対すれば絶対に外せないような必至がある (言わば完全な必至)
「先手玉は必至ですね」と解説が言って、先手が相手玉に王手を掛けて行くうちにその必至を解除することができても、「なせ必至なのに解除できたんだ!」とは文句は言えない
なぜなら単に先手玉が必至(先手玉は詰めろで受けがない)と言っただけで、王手を掛けて行っても絶対に外せないような特殊な必至とは言ってないから
あんたらが言ってるのは
「女のコ紹介するよ」って言われて、紹介してもらった女性が容姿が美しいとは言えなかった
それで「なんで可愛いコじゃないんだ!」って文句を言ってるのと同じだよ
女性という人達がいて、その中の <<一部特殊な>> 人達が美しい
単に「女性を」紹介すると言っただけで「美しい女性を」紹介するとは言ってない
勝手に美しい女性を期待されて文句を言われても、こっちは女性を紹介するとしか言ってないんだから困りますわ
>・その必至のなかで、一部特殊なもの、つまり相手玉に王手を掛けて行くことによる局面の変化により、相手が正しく応対すれば絶対に外せないような必至がある (言わば完全な必至)
これの2個目が「必至」
1個目はわけのわからない定義風の言葉
例示も良くわからないし、もうやめな
ましてやこの前の局面で安易に使うものではありません。
仮にあの時部分必至ですと言っても、じゃ完全必至では無いと
判断できていたのかというツッコミが入ります。
要はよっぽどの簡単な局面以外は部分必至だ完全必至だとかは
訳知り顔で言ってはいけないのです。
単に詰めろですと言えばいいのです。
自玉を見なければ必死のときにはよく使う
ただ単に必死という表現を使ったのに自玉との絡みで凌げるのなら必死と表現した人が凌ぎを発見できてなかっただけ
で何か問題でも?
モバイル中継が必至じゃないのに判断を誤り必至と言ってしまっただけ
これが分からんかぁ
じゃあ受けなしといえばいいじゃん
少なくともこの局面は必至ではないよ
それだけのこと。
まず、その本では必至をどう説明してたの?
言わない。
受けがなくても相手玉を攻めながら外せる場合、その詰めろは必至ではない
将棋連盟文庫 初段最短コースに、そのものズバリ双玉必死の話が出てくるよ。
そして内藤先生は、「外せる必至は必至ではない」と言い切ってるよ。
慣れちゃったから感じなくなるけど普段指さない人(あるいは感想戦しないだけかもしれないが)には色々不思議が多いゲームなんだねぇ。
突っ込んでるやつらは「部分的に」を省いたらだめ、という主張なんだろ。まあどっちも言わんとすることは分かるが。
単に必至と言えば完全必至であるって主張なら理解出来る。けど慣用で部分的に~を省くってのも理解出来る
同一の単語にも狭義と広義ってあるものだしね
今回の件の場合は単にミスだろうけど。詰めろって言い直してるし
「部分的には」って言葉は便利だからなぁ、初心者に説明する時によく使うじゃん?
そこだけ見れば手筋だけど局面的に決まってないものを「部分的には良い手だね(全然良い手じゃない)」って